代金を振り込むとき、振込手数料を差し引いて払っている。相手も承知のうえで、契約書にも「振込手数料は乙の負担とする」と書いてある。下請法の時代からそうしてきた、という会社は少なくないはずです。
結論からお伝えすると、取適法(中小受託取引適正化法)のもとでは、相手が了解していても、振込手数料を代金から差し引くことは違反です。2026年1月1日以降に発注した取引から、このルールが当てはまります。
消費者がお金を振り込むときは、払う側が手数料を持つのが一般的です。それなのに、仕事を受けた側が手数料を差し引かれる慣習には、私も本当は納得がいっていませんでした。
数百円のことで、と感じるかもしれません。けれど、扱いとしては「代金の減額」と同じです。この記事では、なぜ合意があってもだめなのか、違反するとどうなるのかを講習会テキストに沿って整理し、差し引きが残りやすい4つの箇所と、自社で見直す手順をお伝えします。
取適法では振込手数料の受注者負担は「減額」|代金からの差し引きは違反
振込手数料の負担は合意があっても違反(テキストQ99)
公正取引委員会の講習会テキスト(中小受託取引適正化法テキスト 令和7年11月版)には、まさにこの疑問がQ&Aとして載っています。
Q99:中小受託事業者の了解を得た上で、代金を中小受託事業者の銀行口座に振り込む際の振込手数料を代金の額から差し引いて支払うことは問題ないか。
答えは、手数料を受注者が負担するという合意の有無にかかわらず、差し引くことは違反として問題になる、というものです(75ページ)。
取適法5条1項3号は、受注する側(中小受託事業者)に責任がないのに、発注のときに決めた代金を減らすことを禁じています。テキストは、代金の減額に当たる例の一つとして、合意の有無にかかわらず振込手数料を負担させて差し引くことを、はっきり挙げています(73ページ)。
「歩引き」「協力金」「手数料」など、名目や金額の多少は問いません。たとえ前もって合意していても、受注者に責任のない減額は違反になる、というのが減額の禁止の考え方です(72ページ)。振込手数料も、その一つとして扱われています。
お互いが合意しているならいいのでは、とも感じます。けれど、その合意が取引先からの圧力で得たものなのか、本当に納得したうえでのものなのかは、外からは見分けがつきません。それなら「合意があっても違反」と決めてしまったのは、いいことだと思います。
下請法改正で振込手数料の扱いはどう変わった?|以前は「書面合意・実費」なら可
ややこしいのは、下請法の時代には扱いが違っていたことです。前もって書面で合意しておき、金融機関に実際に払う手数料(実費)の範囲で差し引くなら、減額には当たらないとされていました。
テキストに載っている過去の勧告事例を見ても、問題にされていたのは「実際に支払う振込手数料を超える額」を差し引いていたケースです。実費の範囲なら許される、という前提があったことがうかがえます。
だからこそ、古い契約書には「振込手数料は乙の負担とする」という一文がよく残っています。当時は正しい書き方だったのですから、書いた担当者が悪かったわけではありません。ルールのほうが、受託する側をより守る方向へ変わったのです。
講習会の資料にも、振込手数料の負担は「合意の有無にかかわらず違反」と書かれ、よく質問があるため記載していると添えられていました(適正取引講習会テキスト、19ページ)。それだけ、多くの会社がつまずいている点なのでしょう。
振込手数料のルールはいつから?2026年1月1日以降の発注が対象
取適法は2026年1月1日に施行され、同じ日に運用基準も改められました。新しい扱いが当てはまるのは、2026年1月1日以降に発注した取引です。
2025年12月31日までに発注した取引には、下請法の時代の扱いが残ります。ただ、継続的な取引であれば、すでに新しいルールのもとでの発注に切り替わっているはずです。「昔の分は大丈夫だから」と後回しにする理由は、あまりありません。
建設工事の振込手数料は取適法の対象外
建設業を営む会社が、請け負った建設工事を下請けに出す場合は、取適法の対象になりません。建設工事の下請負には、建設業法に取適法と似た規定が置かれていて、受注する側は別に守られているためです(テキスト15ページ)。
建設工事での振込手数料の扱いは、建設業法のルールで確かめてください。一方、ビルメンテナンス業者が請け負うエレベーターの部品交換など、建設工事に当たらない修理を委託する場合は、取適法の修理委託として対象になります(テキスト、修理委託の類型1の例)。
振込手数料の差し引きで違反するとどうなるか
差し引いた額の支払いと、年14.6%の遅延利息
代金を減額した委託事業者は、減らした額を受注者に支払わなければなりません。それに加えて、減らした額に年14.6%を掛けた遅延利息を支払う義務があります(テキスト72ページ)。
起算日は、減額をした日か、受け取った日から60日を過ぎた日の、どちらか遅いほうです。1件あたり数百円でも、取引先が多く、毎月の支払で差し引いていれば、積み重なった額は小さくありません。
振込手数料の違反事例|製造・プログラム作成・運送
テキストの違反事例には、振込手数料の差し引きが3つの業種で載っています(78〜79ページ)。
| 事例 | 取引の種類 | 内容 |
|---|---|---|
| ⑩ | 製造委託 | メガネフレームの製造を委託し、代金から振込手数料を差し引いた |
| ⑭ | 情報成果物作成委託 | プログラムの作成を委託し、振込手数料相当額を差し引いた |
| ㉑ | 役務提供委託 | 道路貨物運送を委託し、振込手数料を差し引いて支払っていた |
ものづくりの会社に限った話ではなく、システム開発でも運送でも、同じように問題になります。違反が重ければ公正取引委員会から勧告を受け、会社名とともに公表されることもあります。
フリーランス法の振込手数料は?取適法との違いを比べる
相手が法人ではなく個人のフリーランスなら、フリーランス法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)の出番です。取引先に両方がいる会社も多いので、2つの法律の扱いを比べておきます。
同じところ|合意があっても違反、2026年1月1日で区切り
公正取引委員会のフリーランス法特設ページとQ&A(Q78)は、2026年1月1日以降に業務委託した取引では、フリーランスとの合意の有無にかかわらず、振込手数料を差し引くことは「報酬の減額」に当たるとしています。
2025年12月31日以前の委託では、前もって書面やメールで合意し、実費の範囲で差し引くなら減額に当たらない、という旧来の扱いが残ります。区切りの日付も、合意が通らなくなったことも、取適法とまったく同じです。
実際に、2026年8月26日には、フリーランスへの報酬から振込手数料の実費を超える額を差し引いていた会社に勧告が出ています。138名に対し、計48万1,031円でした(公正取引委員会「株式会社ジェイトップに対する勧告について」)。対象は2025年11月までの取引で、合意自体はあったケースです。
違うところ|委託の期間と、振込先を変えたときの扱い
一方で、違いもあります。
| 取適法 | フリーランス法 | |
|---|---|---|
| 合意があっても違反か | 違反(Q99) | 違反(Q78) |
| 対象になる委託 | 期間の定めなし | 1か月以上の業務委託 |
| 相手の都合で振込先を変えたときの増額分 | テキストに記載なし | 負担させてよい(Q78) |
フリーランス法では、減額などの禁止行為は1か月以上の業務委託に限って当てはまります。取適法には、こうした期間の区切りはありません。
もう一つは、フリーランスの都合で振込先を口座Aから口座Bに変えた場合です。Q78は、口座Aなら生じなかった費用(手数料の増えた分など)は、フリーランスに負担させてよいとしています。相手の都合で増えた分まで発注者が持つ理由はないので、これは納得できる例外です。
取適法の講習会テキストを探しましたが、同じ扱いを示した記載は見当たりませんでした。取適法の取引で同じように考えてよいかは、断定できません。
フリーランス法の対象になる取引で契約書を見直すときの全体像は、フリーランス法対応の契約書・発注書の見直し方|違反しやすい5つの箇所と行政書士に頼む費用【発注者向け】にまとめています。
振込手数料の差し引きが残りやすい4つの箇所
振込手数料の負担は、1か所だけに書かれているとは限りません。差し引きが残りやすいのは、次の4つです。
1. 取引基本契約書の「振込手数料は乙の負担」
いちばん多いのが、取引基本契約書の支払の条項です。「代金は指定口座に振り込む方法で支払い、振込手数料は乙の負担とする」という一文が、下請法の時代のまま残っています。
基本契約書は一度結ぶと何年も見返さないものなので、気づかれにくい箇所です。自動更新で続いている契約ほど、注意が必要です。
2. 発注書・注文書のひな形
個別の発注書や注文書の備考欄にも、「振込手数料は貴社負担にてお願いします」と印刷されていることがあります。基本契約書を直しても、発注書のひな形が古いままなら、書類どうしで食い違ってしまいます。
公正取引委員会の発注書の書式例には、「振込手数料については、当社が負担するものとします」という一文が入っています。発注書の書き方全体は、取適法(旧下請法)の発注書・注文書の書き方|記載事項と書式例、違反になりやすい5つの箇所【発注者向け】で詳しく扱っています。
3. ネットバンキングの「先方負担」設定・手数料の自動差し引き
書類を直しても、実際の支払で差し引いていれば違反です。会計ソフトやネットバンキングの総合振込で、「先方負担」の設定や、定額の手数料を自動で差し引く設定が残っていないかを確かめてください。
定額で差し引いている場合は、もう一つ問題があります。ネットバンキングに切り替えて手数料が安くなったのに、以前と同じ額を差し引き続けていたため、実費を超える額を差し引いていたとされた事例が、テキストの勧告事例にも載っています。
相手の請求書が、はじめから手数料を引いた額になっていることもあります。そのまま払えば、結果として相手が手数料を負担していることになります。請求額は満額で受け取り、手数料は自社で払う形にそろえておくと確実です。
4. 「手数料」「事務手数料」などの名目での差し引き
テキストには、これまでに違反とされた減額の名目として、「支払手数料」「手数料」「本部手数料」「管理料」などが並んでいます(72ページ)。振込手数料という言葉を使っていなくても、支払のたびに何らかの手数料を差し引いているなら、同じように減額に当たらないかを確かめる必要があります。
なお、代金の支払で1円未満の端数を四捨五入や切り捨てにするのは、減額には当たりません。ただし、100円未満や1,000円未満を切り捨てるなど、1円以上の単位で切り捨てると減額になります(Q98)。振込のついでに端数を丸めている場合は、あわせて見直しておきましょう。
ここまでの4か所は、契約書・発注書・経理の設定という、担当の違う場所に散らばっています。どこか1つを直しても、ほかが古いままでは差し引きは止まりません。4か所をまとめて突き合わせる契約書・発注書の見直しもお引き受けしています。
振込手数料の負担を自社で見直す3つの手順|まず取適法の対象か確認
自社で進めるなら、次の順に確かめていきます。
- 取引が対象になるかを確かめる:取適法は、資本金を見て、次に従業員数を見る順で判断します。相手が個人のフリーランスなら、フリーランス法の対象かを確かめます
- 振込手数料の負担が書かれた箇所を洗い出す:基本契約書、発注書のひな形、経理の支払設定、取引先の請求書の4か所を拾い出します
- 「当社負担」に直し、取引先と経理に知らせる:書類の文言を直したら、変更したことを取引先に伝え、経理の担当者にも支払設定の変更を周知します
対象になるかの判断は、資本金か従業員数か?取適法の対象取引を見極める方法で手順を説明しています。従業員数を確認したことは、記録に残しておくと後で役に立ちます。
中小企業同士の取引でも対象になる?
「取適法は、大企業と下請けの関係の法律」と思われがちですが、そうとは限りません。たとえば製造委託なら、資本金1千万円超3億円以下の会社が、資本金1千万円以下の会社や個人に頼む場合も対象です(テキスト2ページ)。
| 取引の種類 | 委託事業者 | 中小受託事業者 |
|---|---|---|
| 製造・修理・特定運送委託、プログラムの作成、運送・保管・情報処理 | 資本金3億円超/1千万円超3億円以下 | 資本金3億円以下/1千万円以下 |
| 上記以外の情報成果物作成委託・役務提供委託(デザイン、清掃など) | 資本金5千万円超/1千万円超5千万円以下 | 資本金5千万円以下/1千万円以下 |
| 資本金で当てはまらないとき | 従業員300人超(下段の取引は100人超) | 従業員300人以下(100人以下) |
つまり、どちらも中小企業でも、資本金や従業員数がこの境目をまたいでいれば、振込手数料の差し引きは違反になります。「うちは中小企業だから関係ない」と決めつけず、取引先ごとに確かめてください。
振込手数料が古いままなら、支払条件全体も確かめる
取引先が少なく、基本契約書と発注書が1種類ずつしかない会社なら、この手順で十分に自社で進められます。直すのは「乙の負担」を「甲の負担」に変える一文と、経理の設定だけ、ということも多いはずです。
ただ、振込手数料の一文が下請法の時代のまま残っているなら、同じ契約書のほかの条項も、当時のままの可能性があります。支払期日の決め方(60日ルール)や手形での支払いは、その代表です。
支払条件全体については、取適法(旧下請法)の支払期日と60日ルール|数え方・例外と違反しやすい支払サイト5つ【発注者向け】をあわせてご覧ください。
振込手数料だけでなく、支払の条項全体を取適法に合わせて見直すお手伝いもしています。
振込手数料の見直しを行政書士に頼む場合
次のような場合は、専門家に任せたほうが早く、確実です。
- 取引先が多く、基本契約書や発注書の様式がいくつもある
- 取適法の対象になる取引先と、フリーランス法の対象になる取引先が混ざっている
- 下請法の時代のひな形を、用語だけ直して使い続けている
任せられること
行政書士は、契約書などの権利義務に関する書類の作成を業務としています。振込手数料の条項に限らず、今の基本契約書・発注書のチェック、支払の条項の修正案づくり、新しいひな形づくりまでをお引き受けできます。取引が取適法やフリーランス法の対象になるかの確認も、あわせてご相談いただけます。
費用は、書類の数や取引の形によって変わるため、ヒアリングのあとにお見積りをお出しします。最新の料金の目安は、当事務所の契約書業務のページでご確認ください。
任せられないこと
振込手数料を自社負担に切り替えたときの会計処理や、インボイス制度での扱いは、税理士の領域です。行政書士はお引き受けできません。
また、すでに取引先との間で、差し引いた額の返金をめぐって争いになっている場合の交渉や代理、公正取引委員会などの調査への対応は、弁護士の業務です。行政書士が力になれるのは、トラブルになる前に書類を整えておく段階です。
依頼の流れ
- お問い合わせ
- ヒアリング(今の基本契約書・発注書と、支払の流れをうかがいます。オンラインまたは対面)
- お見積り・ご契約
- チェックと修正案の作成
- 納品(直した書式と、取引先への伝え方の注意点をお渡しします)
まとめ|取適法の振込手数料で押さえるポイント
- 2026年1月1日以降に発注した取引では、振込手数料を代金から差し引くと、合意があっても代金の減額として違反になる
- 下請法の時代は「書面で合意し、実費の範囲なら可」だったため、古い契約書に「乙の負担」が残りやすい
- 違反すると、差し引いた額に加えて年14.6%の遅延利息を支払う義務がある
- フリーランス法も、合意があっても違反という扱いは同じ。ただし対象は1か月以上の業務委託で、相手の都合で振込先を変えたときの扱いに違いがある
- 見直すのは、基本契約書、発注書のひな形、経理の支払設定、手数料名目の差し引きの4か所
振込手数料の見直しをご検討の方へ
振込手数料は、1回あたりでいえば数百円です。けれど、受注する側からすれば、決めた代金が毎回きちんと満額で入ってくるかどうかは、取引先を信頼できるかどうかにつながっています。
細かな見直しではあります。それでも、この一文をきっかけに、契約書や発注書の全体を今一度見直してみることをおすすめします。直した書類からは、「この会社は新しいルールに合わせて取引を整えている」と伝わるはずです。
尼崎で行政書士事務所を開いており、全国からオンラインでご相談をお受けしています。「うちの契約書の振込手数料の書き方で大丈夫か、まず見てほしい」という段階からでもかまいません。取適法に合わせた契約書・発注書の見直しについて、お気軽にお問い合わせください。
取適法に悩んだら、まずは無料相談から